2008年 01月 14日
40年ぶりの年賀状 |

私も色々な方に年賀状を差し上げていますが、会員以外の方々には、年2回発行している「合気道小林道場新聞」を年賀状代わりにお送りし、小林道場の活動を理解してもらっています。
この新聞をみて、小林道場独自の活動「むすび基金」に寄付を下さる方も沢山おります。又私の海外指導に同行稽古したい、交流している道場を紹介して欲しいなどの反響があります。
今年は、或る方から下記の様なお手紙と、大澤喜三郎先生の書かれた絵の額を受け取りました。その方(仮にK氏とさせていただきます)は、私が合気道本部道場指導部時代に入門され、熱心に稽古されました。特に植芝盛平翁先生を一般会員でありながら時間の許す限りお世話されていました。当時の内弟子だった者には本当に有難い存在の方でした。
翁先生が亡くなる前は、内弟子達も交代で翁先生の看病を徹夜で行いました。指導員は稽古がありますので、その間はK氏が仕事をなげうって、24時間本当に家族でも出来ない様な渾身的な看病をされました。
私にとっても合気道小林道場の道場開きが昭和44年4月8日でしたので、翁先生の病状で道場開きが出来るか、出来ないか大いに悩んだ時期でした。翁先生の徹夜の看病、道場での指導そして小平道場開きの準備で本当に大変な時でした。無事小平道場の道場開きから行われてから僅か半月後に翁先生は亡くなられました。
K氏は翁先生没後、燃え尽きたように本部道場を去って行きました。私は彼の合気道の指導者で、年齢は彼よりも上でしたが、彼が翁先生に対してとった行動を個人的に深く感動し、最初は年賀状を、そして新聞を発行する様になってからは年賀状代わりの小林道場新聞を40年間送り続けたのです。彼からの返事は一切ありませんでした。

手紙の中に出てくる大澤喜三郎先生は本部道場の指導員だった方です。現在本部道場指導部師範の大澤勇人師範のお父さんです。昭和30年代始めに住み込んだ個性豊かな私達内弟子のまとめ役でした。二代道主植芝吉祥丸先生の補佐として合気道本部道場を盛り立てた方で、大澤喜三郎先生なくして現在の本部道場の繁栄はあり得なかったと私は思っています。
絵はK氏から送られてきた大澤先生が書かれた絵です。
写真は当時の本部道場 中央が大澤喜三郎先生 背広姿が私です。
ここにK氏からの手紙を掲載させていただきます。

昭和40年より合気会にて稽古をつけて頂きました縁で毎年、年賀を頂戴しております。
一度も出していない恥ずかしさを耐えて一筆書かせて頂きました。
本当に申し訳ございません。
ご自宅を改装された道場開きには参加させて頂きましたが、早いもので40年なるのですね。
今は100以上の支部があると聞いております。
その一カ所に掛けて頂ければと大澤喜三郎先生より頂きました額の複製ですがおくらせて頂きます。
翁先生入神後本部道場より旅立つ私に下さいましたが、心のささえ、力にもなった一筆です。
どうか、今後とも宜しくご指導願います。
小林道場の繁栄と先生のご健康を祈念申しあげております。
平成二十年一月九日
K・K拝
by shihan_aikido
| 2008-01-14 09:38